福岡県南部、筑後平野の南端に位置する八女市。緑豊かな山々と清らかな水に囲まれ、日本三大伝統工芸産地のひとつとして知られています。
八女提灯や八女仏壇などの工芸品が息づくこの地には、もうひとつ、世界に誇る手仕事があります。それが、八女手漉き和紙です。
今回訪ねたのは、その伝統を守り続ける「八女手漉き溝田和紙」。四代目・溝田俊和さんの工房です。


工芸と歴史が息づくまち八女手漉き和紙の歴史
八女のある筑後国では、奈良時代から紙づくりの記録が残っています。738年、筑後国から進上された正税帳が正倉院に現存しており、この頃すでに筑後国をはじめ各地で紙が作られていたことがわかります。
その後、文禄年間(1592~1596)に日蓮宗の僧・日源上人がこの地で紙漉きを復興したと伝えられています。
戦後には1,800軒以上もの製紙戸数を誇り、最盛期を迎えました。しかし、機械紙の普及に伴い生産者は急減。現在、八女で手漉き和紙を漉くのはわずか6戸(2025年現在)だけとなっています。
梶(かじ)が生み出す、薄くて強い紙

八女の和紙は、楮の中でも梶(かじ)を原料にしています。梶はクワ科コウゾ属で、分類上は楮と同じですが、繊維が長いという大きな特徴があります。
その長さゆえ、薄くても破れにくい紙をつくることができ、美術品の修繕紙や裏打ち紙として高く評価されています。
全国的に楮は、「こうぞ」であったり「かず」と呼ぶ地域もありますが、八女では楮のことを「かご」と呼び、その繊維をほぐす工程は「かご打ち」と呼ばれています。
海外にも届く八女の修繕紙
溝田さんの手から生まれる和紙のほとんどは、修繕や裏打ちのために使われます。国内だけでなく、海外の美術館や修復工房にも届けられ、時を越えて作品を守る力となっています。
一枚の紙が、日本だけでなく世界の文化財を支えており、八女和紙は、静かに国境を越えて活躍しています。

埼玉県小川町のトロロアオイを余すことなく
紙漉きに欠かせないのが「ねり」と呼ばれる粘剤です。溝田和紙では、埼玉県小川町産のトロロアオイを使用し、粉砕して余すことなく活用します。
このねりが、紙漉きの際に繊維を均一に広げ、滑らかで美しい紙肌をつくり出します。
八女で体験する和紙の世界
八女市には「八女伝統工芸館」に併設された「八女手すき和紙資料館」があり、紙漉き体験や和紙製品の購入ができます。
職人の手ほどきを受けながら、自分だけの和紙を漉く体験は、八女の伝統と自分がつながる瞬間。旅の記憶としても、ものづくりの入り口としても、忘れられない時間になるはずです。
「百年後にも残る紙を」
「自分が漉いた紙が、百年後にも誰かの手に渡っていると思うと、やっぱり背筋が伸びます」
そう話す溝田さんの言葉には、日々の積み重ねと紙づくりへの誇りがにじみます。八女の澄んだ水と空気、そして職人の技が生み出す一枚の紙。
それは、薄くて強く、そして時を越えて生き続ける八女和紙の姿そのものです。

八女伝統工芸館
八女手漉き和紙資料館
〒834-0031 福岡県八女市本町2-123-2
TEL:0943-22-3131
※手漉き和紙体験・販売
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