音別コロポックル伝説から生まれた『富貴紙（ふきがみ）』

北海道釧路市音別町で漉かれている「富貴紙（ふきがみ）」は、町の特産である蕗（ふき）の外皮を活用して手漉きされた和紙です。
音別町では、町のあちこちで背丈を超えるような大きな蕗が見られ、食用としても栽培されるなど、蕗の産地として知られています。

また、北海道にはアイヌの「コロポックル（蕗の下の人）」伝説が語り継がれており、その舞台は、まさにこの音別町の霧里周辺であったのではないかと考えられています。

富貴紙は、食用に適さない蕗の外皮を再利用し、自然素材の美しさと地域の伝承を受け継ぐ、手漉きの和紙として生まれました。

　

　音別コロポックル伝説〜蕗の下の小さな人の物語〜

音別町にはアイヌのコロポックル（蕗の下の人）伝説が語り継がれています。
この伝説は、音別川と太平洋の海のつながる丘に蕗が多く茂っており、その蕗の下には幻の民・コロポックルが暮らしていたといいます。やがてその地に、体の大きな人々の一族が移り住み、コロポックルの娘と大きな人間の若者が、禁じられた恋に落ちました。しかし、ふたりは人目を避けて姿を消し、その後、誰の目にも触れることはありませんでした。
それからしばらくして、村の守り神が「ふたりは今も一緒に仲良く暮らしている」と告げたとされ、まるで寄り添うように湧き出る大小二つの泉が、大きな蕗に守られるように見つかりました。
人々はそれをふたりの化身と信じ、この地がいつまでも美しくあるようにと、泉に祈りを捧げてきたと伝えられており、今もその二つの泉は大きな蕗に守られてきらめいています。

北海道各地で蕗は育ちますが、人の背丈を超えるような大きな蕗が育つのは、音別町だけとされています。
そのため、アイヌの「コロポックル」伝説の舞台も、この地・音別町であったのではないかと考えられています。

音別町でこれほどの大蕗が育つのは、水がきれいだからだといわれています。
実際、音別町には清らかな水を必要とする大塚製薬の工場があり、全国に出荷される「オロナミンC」の約半分が、この町で製造されています。

この豊かな水環境のもと、音別町では大蕗を活かした加工品の製造・販売にも取り組んでおり、地域の食の特産品として親しまれています。

　

地域の特産物大蕗と、綺麗な水から生まれた和紙

富貴紙（ふきがみ）は、昭和60年代に、蕗の加工時に出る食用に適さない外皮部分を有効活用できないかと検討されたことから始まりました。
北海道大学農学部の研究により、蕗には良質なパルプが含まれており、和紙の原料として使用できることが明らかになりました。

紙に使用する蕗は、塩漬けにして保存され、使用時には水に晒してしっかりと塩分を抜きます。その後、繊維を取り出しやすくするために、長さ約2メートルある蕗を3〜6センチ程度に切断します。

さらに、楮（こうぞ）とは異なり、蕗は加圧蒸気釜を用いて処理され、不純物を取り除くと同時に、蕗本来の淡い緑色を引き出します。
それ以外の工程は、一般的な手漉き和紙の製法と同様に行われます。

現在、富貴紙は蕗と国産の楮（こうぞ）を混ぜて手漉きされており、蕗の配合比率によって、紙の繊維の風合いや色味が変化します。

富貴紙にはいくつかの特長があります。
たとえば、墨で描いても「にじみ止め」を施さずに滲まない性質を持っており、墨画や書にも適しています。
また、蕗の配合が多いものほど自然な光沢感が表れ、さらに、紙からは蕗特有の爽やかな香りが感じられるのも魅力のひとつです。

　

小中学生が自分自身の卒業証書を制作

現在、富貴紙は、はがき・封筒・名刺・しおり・扇子などに加工され、販売されています。
釧路市が中心となって流通の開拓にも取り組んでおり、地域資源を活かした取り組みが進められています。

また、音別町では、小中学校の卒業証書にも富貴紙が使用されており、生徒たちが自ら紙漉きを体験し、自分自身の卒業証書を手作りするという貴重な取り組みも行われています。

現在、紙漉き工房は地域交流拠点施設「ルート38音別館おんぽーと」内に設けられており、手漉き和紙の体験コーナーや富貴紙の販売所が併設されています。
この施設は、JR根室本線「音別」駅の目の前に立地しており、アクセスも便利です。

近年、全国各地で和紙の復活を目指す動きが見られますが、古い和紙の産地の再興とは異なり、富貴紙のように新たな和紙の産地としてゼロから活動している地域は、全国でもごくわずかです。

音別町を訪れる際は、ぜひこの貴重な和紙文化に触れてみてはいかがでしょうか。